2011年10月11日火曜日

ふしぎなキリスト教

ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)
橋爪 大三郎 大澤 真幸
講談社
売り上げランキング: 1331
現代社会において基本となるのは西洋文明で、その西洋文明の根底に厳然としてあるのがキリスト教。 西洋人なら血肉として理解しているキリスト教も、多くの日本人には「なんとなくそういうもの」としてしか理解するとこが出来ていない。 このキリスト教という物を一神教とは何なのか、そのキリスト教という一神教の成立の背景、キリストとはどのような人物であったのか、そしてキリスト教という物がどのようにして西洋精神の中に浸透し、影響を与えるようになっていったのか、そういったことを対談という形で解説している。 「ふしぎなキリスト教」と簡単そうなタイトルをつけているけど、内容はかなり難しい方じゃ無いだろうか。 宗教学、宗教史、新約聖書、旧約聖書、西洋哲学と内容は多岐にわたってしかも深い。 自分も内容を理解したとは言えないが、それでも要所要所でなるほどと思わせる物があった。 西洋文明を理解するために必要となるキリスト教の精神と考え方へのアプローチとしては良書だとおもう。 P88、神々は放逐された。だから、仏教、儒教、一神教がある。世界の標準はこっちです。世界は一度壊れた。そして、再建された。再建したのは、宗教です。それが文明を作り、今の世界を作った。こう考えてください。 P117、奇蹟は、呪術とは逆に、自然法則が厳格に支配する合理的な世界の方に属している、ということですよね。つまり、呪術対科学という対立の中で、奇蹟は、むしろ科学の側に属している。自然法則の普遍的な支配(科学的な合理性)とその例外的な停止(奇蹟)との間には、表裏一体の関係がある、ということが理解のポイントだと思うのです。しかし、一神教に対してなじみが薄い日本人には、相当理解が難しいところでしょうね。日本人には、奇蹟と呪術は、むしろ似たような物に見えてしまう。 P329、宗教とは、行動において、それ以上の根拠を持たない前提を置くことである。 P334、橋爪:日本人がモノづくりに長けているのは、アニミズムと関係があって、ロボットにも全然抵抗がないし、モノに何かスピリットのようなモノが宿っていると思っている。ロボットに「ももえちゃん」とか名前をつけて、共存しているわけです。中国もインドも、モノづくりにそこまで入れ込みがない。モノを作る人よりも、何か考える人の方がえらいという世界なので、モノを作る人の社会的地位はそんなに高くない。日本が、モノを作る人の社会的評価が一番高いと思う。 イスラムは、モノを作ることが下手で、嫌なんじゃないかな。理由はよくわからないが、もしかすると、クルアーンがあまりに文学的に素晴らしく出来ていて、クルアーンの精神世界が魅力的過ぎるせいなんじゃないかと思う。だから、クルアーンに触発された文学などはとても立派。それから、クルアーンに基づいた法学、これも素晴らしく立派。政治もそれなりにうまい。ビジネス、商業もうまい。でも、製造業がちょっと見劣りします。クルアーンが描くのは徹底した一神教の世界だから、モノにスピリットを認める余地がない。 大澤:なるほどね。日本のモノづくりが飯野は、全くおっしゃるとおりじゃないかと思う。日本の職人や技術者が、完璧なモノをつくろうとするときのじょうねつみたいなものはすごいですよね。モノにスピリットがあって、だたのモノ以上のモノとのつきあい方で、技術をきわめていくみたいな感じがします。そういうふうにモノづくりを猛烈に進め、オタク的と言っていいような極め方をしてしまうことは、どこか日本人の世界との関わり方と関係があるような気がします。

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