2010年8月13日金曜日

野菜の力 精進の時代

野菜の力 精進の時代
野菜の力 精進の時代
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棚橋 俊夫
河出書房新社
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精進料理と野菜を通して、野菜の美しさ、すばらしさ、そしてそれを料理することの重要性、そうしてつくられた料理をいただくときの姿勢について書かれた本。 

すごいなと思ったのは著者の野菜と料理すると言うことに対する姿勢、精進料理を作っておられるからか、この本からは著者が本当に全力で真摯に野菜に向き合い、それを料理しているのかというのがひしひしと伝わってくる。 まさしく料理と言うという修行をしている修行僧のような物を感じる。 本の中では現代社会の食についても様々に批判されているが、こういう姿勢で食という物に向かい合ってる人からすると現代社会の食というものはとてももどかしい物を感じてしまうのだろうというのはよくわかる。 

翻って自分はそこそこものを食べると言うことは好きな方だけど、いかにそれに対していい加減な向き合い方をしているのか、ということを改めて突きつけられた。 とはいえ、著者の言うようなファーストフード、コンビニ、お総菜、をやめて、野菜を料理する食事なんて物は現代の日本では贅沢に属するものでもあるんだけど。

季節の野菜中心に料理された食事が贅沢に属する物なのは確かだけど、それでも少しでもそれに近づくように自分の食生活、食への姿勢を考えてみようというきっかけにはなった。


なかには4つほど対談があるんだけど、そのなかに麦の家という比叡山の麓で自給自足生活をされている人との対談がある。 農業をしながらの自給自足生活というのは、昔からの自分の夢でもある。 麦の家についてちょっと調べてみようと思う。


P30、神々のおわす清まった土地で採れた清まった食材を、清まった身と心で調理して清まった手でお供えする。ここにこそ、料理人やサービス人の本来あるべき姿があります。
(略)
自分が食する姿を今一度思い起こしてみてください。美しく食すると言うことは、ただそれだけで作り手や大自然に対する感謝の印となります。その気持ちこそが、私たち日本人が受け継いできた精神であるはずなのです。

P43、吉田 建物の世界でも、たとえば趣味のよくない人は、部屋の中に鹿の角を置いてみたり、いろいろ飾ったりしてしまうじゃないですか。それじゃ、だめなんです。本当にいい空間というのは、物がないように作っていく。できるだけ無に近い空間。そこに季節の花を一輪でもしかるべき場所に置いたら、それだけで美しいですよ。
(略)
それに「一つだけ花瓶を」となったら、やはりそのへんにあるものじゃなく、こだわりを持って選ぼうという気持ちが生まれて来るじゃないですか。そうしたら、生き方だって変わってくる。本当に「生き方が上手い」というのはそういうことですよ。

P60、お客様がどんなに急いでいらしても、用件は二の次。お腹一杯でいらした方に対しても、必ずお膳をお出ししたものです。その姿勢を見ながら、私は人と人とのコミュニケーションは食を交わすことで成り立つことを知りました。

P132、あるとき,往診の先生に「わしもう立ち上がれんかな。もうこれ以上は無理かな」と聞いていまして、先生も気さくな方で「もう立ち上がれませんよ」といったのです。そうしたらそれから食べなくなりました。先生が「食べないと本当に命が危ないですよ」といっても食べませんでした。
 何人もの人を見送っているから、自分が消えていくときはどうしたらいいかと言うことを知っていたのだと思います。
 食べなくなって十日ぐらいたってどんどん体は衰弱していきました。「この状態だと十日から二週間だよ」と先生に言われてもそれでも食べなかったのです。自分自身の意志として。強靱な意志でした。
 食べ物に対する潔さ、そして生き死にというものをわきまえておられた方でした。
(松井浄蓮氏のエピソード)

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